千鳥の曲 + 勧進帳

 

舶来楽器 三味線・胡弓の伝承・・・

■千鳥の曲
(*)19世紀中頃 吉沢検校

舶来楽器の胡弓を用いた名古屋系胡弓本曲版・・・

しほの山 さしでの磯に すむ千鳥 君が御代をば八千代とぞ鳴く 君が御代をば八千代とぞ鳴く
(古今和歌集(10世紀) 巻7 賀歌3)
淡路島 通ふ千鳥の鳴く声に 幾夜寝覚めぬ須磨の関守 幾夜寝覚めぬ須磨の関守」(金葉和歌集(12世紀))

 

■長唄版 勧進帳

19世紀中頃 杵屋六三郎
歌舞伎「勧進帳」の地謡を取り纏めたもの。

その後、三味線独奏が付加されたりしながら現在に至る・・・

舶来楽器三味線の様々な展開がパッケージされ、
能のお囃子も大活躍・・・

12世紀頃の事跡から作り上げた
能「安宅」(15世紀頃)の一般市場への普及版・・・

旅の衣は篠懸の、旅の衣は篠懸の、露けき袖や しをるらん。
時しも頃は 如月の、如月の十日の夜、月の都を立ち出でて、
これやこの、行くも帰るも別れては、
知るも知らぬも、逢坂の山隠す霞ぞ春はゆかしける、
浪路はるかに行く船の、海津の浦に着きにけり。

いざ通らんと旅衣、関のこなたに立ちかかる。

それ、山伏といッぱ、役の優婆塞(うばそく)の行儀を受け、
即心即仏の本体を、爰にて打留め給はん事、明王の照覧はかり難う、
熊野(ゆや)権現の御罰あたらん事、立所に於いて疑いあるべからず、
唵 阿毘羅吽欠(おん あびらうんけん)と数珠さらさらと押揉んだり。

元より勧進帳のあらばこそ、笈の内より往来の巻物一巻取り出だし、
勧進帳と名附けつつ、高らかにこそ読み上げけれ。

士卒が運ぶ広台に、白綾袴一重ね、加賀絹あまた取揃え、御前へこそは直しけれ。
こは嬉しやと山伏も、しづしづ立って歩まれけり。

すはや我君怪しむるは、一期の浮沈爰なりと、各々後へ立帰る。
金剛杖をおつ取って、さんざんに打擲(ちょうちゃく)す。

方々は、何ゆえに、かほど賤しき強力に、太刀かたなを抜き給ふは、目だれ顔の振舞、
臆病の至りかと、皆山伏は打刀抜きかけて、勇みかかれる有様は如何なる天魔鬼神も 恐れつべうぞ見えにける。
士卒を引き連れ関守は、門の内へぞ入りにける。

ついに泣かぬ弁慶も、一期の涙ぞ殊勝なる。
判官御手を取り給い。
鎧にそいし袖枕、かたしく暇も波の上、
或る時は船に浮かび、風波に身を任せ、
また或る時は山脊の、馬蹄も見えぬ雪の中に、海少しあり夕浪の、立ちくる音や須磨明石。
とかく三年(みとせ)の程もなくなくいたはしやと萎れかかりし鬼薊(あざみ)、霜に露置くばかりなり。
互いに袖をひきつれて、いざさせ給えの折柄に。
実(げ)に実(げ)にこれも心得たり 人の情の杯を 受けて心をとどむとかや。
今は昔の語り草、
あら恥ずかしの我が心、一度まみえし女さえ、
迷いの道の関越えて今また爰(ここ)に越えかぬる、
人目の関のやるせなや、
アア悟られぬこそ浮世なれ。

面白や山水に 面白や山水に、
杯を浮べては流に牽かるる曲水の、
手まづさえぎる袖ふれて、いざや舞を舞はうよ。

(延年の舞 一段目)

元より弁慶は、三塔の遊僧、舞延年の時の若。

(延年の舞 二段目)

(弁慶)これなる山水の、落ちて巌に響くこそ。

(延年の舞 三段目)

鳴るは瀧の水、日は照るとも、絶えずとうたり、とくとく立てや手束弓の、心許すな関守の人々、
暇申してさらばよとて、笈を押取り肩に打ちかけ、
虎の尾を踏み、毒蛇の口を遁れたる心地して、陸奥の国へぞ下りける。

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